こちら「日本語でケアナビ」開発室

2008年3月のシンポジウムの詳細が決定!

うえだ

「日本語でケアナビ」と私たち

祭囃子(後編)

祭囃子から垣間見る人々の暮らしから、地域の人々との関わりの深さがまだまだ日本の各地に息づいていることを、身近に教えられます。実際、田尻町だけでなく、私が帰宅する道すがら(10kmほど)、他の町々のだんじり小屋(山車を納める蔵)でも煌々と明かりがともされ、お囃子の練習が聞こえてきます。おそらく、日本中のあちらこちらでこんな風景がまだまだあるのでは、と思います。 「村の人間関係は崩壊した」と、評論家のように論じるのはたやすいことです。もちろん、それらが廃れていこうとしていることも現実なのですが、一方では、まだ地域地のしきたりや慣わしが命あるものとして存在していることも事実なのです。そこに若者の姿が減ってしまったとはいえ、です。

さて、私が関わっている若者といえば、今、国際交流基金関西国際センターで日本語研修を受けているインドネシア人介護福祉士候補者の人たちがいます。先日、「日本語でケアナビ」インドネシア語版開発のため、いろいろお話を伺う機会がありました。彼らは、私が想像していた以上に、現代のパソコンやデジタル文化の中で生きている人でした。もちろんインドネシア文化の中で育った人々ですから、インドネシア人としての価値観や独特の考えかたを持っていることと思いますが、それ以上に、アニメやPCゲームで育ち、携帯電話が必需品、インターネットで宿題をこなすという、今時の若者です。きっと、日本の若者とも価値観など通じるものがあるのではないでしょうか。こうした若者が、これから日本中の地域社会に入っていって、介護に関わる仕事をしていこうとしています。

日本語教育の教室の中で私たちが提供できるのは、標準化し簡略化した日本語だけです。残念ながら、各地に息づく豊かなことばの数々を彼らに伝えることはできません。(方言については、たなかさんの記事にあります)

自分の将来を見つめ、今は日本語学習に真摯に取り組んでいる彼らは、いずれ各地で、教科書だけではない日本人や日本の暮らしに触れ合っていくことでしょう。職場にある人間関係だけでなく、日本人の価値観(えてして日本人自身には見えにくいものですが)の中で働いていくには、言葉に代表される日本の文化そのものと向き合わなければならない日が来ると思われます。この点については3月に行われた国際交流基金関西国際センター日本語教育シンポジウムのパネルディスカッションで、石井恵理子さんがかたっておられます

半年後、日本語研修を終えて各地に赴任し、それぞれの町で様々な人と関わりながら、インドネシアの若者はどんな四季を過ごしていくのでしょうか。暮れなずんできたころ海のほうから聞こえる「トトトン、トトトン」という太鼓や鉦の音、それを奏でる若者たちを思い描くと、いろいろなことが感じられます。

こんな三題噺みたいなことを考えているから、ますます残業が増えてしまいます。さあさあ、私も「その日」に向けて、自分の役割を果たすべくコツコツと日ごろの仕事をすることにしましょう。

2008.10.08 09:44 - うえだ

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