こちら「日本語でケアナビ」開発室

2008年3月のシンポジウムの詳細が決定!

うえだ

理論というナビゲーター

介護と日本語(2)

難しさとは

介護分野には「着患脱健」など、特別な専門用語がたくさんあります。では、そのような専門用語を順番に学習していけば、専門職として日本語を使って仕事をすることができるのでしょうか。

介護のことばを収集するなかで、私たちが「難しいな」と話していたのは、専門的な漢語ではなく、実は日常的な動作の表現のほうです。日常的動作とは、たとえば、「しりもちをつく」とか「ねじる」「腕を肩に回す」などがあります。日本語話者にとっては何でもない、ごく日常的な語彙ですが、これらの表現がなかなか日本語教材にとりあげられることはありません。

「日本語でケアナビ」にあるこれらの動作には、もちろん英訳がついています。「腕を肩に回す」の英訳は「to put one's arm around another's shoulders」です。しかし、英語を見て学習者はすぐに意味がわかるんだろうか?というのが私たちの疑問でした。意味はわかるけど、場面ですよね。

「腕を肩に回す」のは何のため?

「腕を肩に回す」を例に取りましょう。このことばから、どんな場面を想像しますか?誰が誰の肩にうでをまわしているのでしょう。デートシーンでしょうか。日本語話者がそれを耳にすると、いろいろな想像が働くでしょうね。

じつは、これは移動介助の場面などで使われる表現です。ベッドから椅子へ座っている人を動かす場面が挙げられます。なかなかの力仕事ですよね。

介護場面で使われる語彙の適切な意味が伝わるようにするにはどうすればいいか、またそれを理解して運用してもらえるようにするにはどのような仕掛けが必要か、語彙収集と分析の合間に開発チームのメンバーは話し合いました。

そこで、検索結果を表示する画面に、次のような情報を付け加えることにしました。

  1. 例文:その語彙の意味を、最も的確に表す例文
  2. 話者情報:誰が誰に話すのかという情報
  3. 視覚情報:イラストなどでの補足情報

「肩に腕を回す」の結果画面では、スタッフが患者・利用者に話しかける場面として、以下の例文があります。

ひらがな:うでを かたに まわして ください。

漢字かな混じり:腕を肩に回してください。

英訳:Please put your arm around my shoulders.

さらに、タグ検索のためのデータ作成を経て、このことばには「おせわする、てつだう・協力する、リハビリ、移動、体勢、動作」のタグがつけられました。

動詞だけでなく、名詞でも似たようなことがあります。

介護の場面で特別に使われるような器具などの名称、たとえば「折り曲げスプーン」や「ケリーパッド」は独特のものなので示しやすいし、覚えやすいと思いますが、「あしもと」「まくらもと」などの日常的によく使うことばについては、英訳だけでは日本語の持つ意味を伝えきれないように思いました。これらにもイラストをつけることにしました。

日常的実感

作業を通じて、私たちには日本語学習者にとって難しいと思われるのは、複雑な漢字がならぶ専門用語だけでなく、日本人が学習項目としてあまり認識していない日常的な表現にあるような気がしました。しかし、介護で用いる日常的表現は、基本的な日本語の教科書でカバーする範囲をはるかにしのいでいます。「基本的な日本語を勉強したならわかる」というレベルではありません。

この両者のギャップをどのように埋めるか、それが私たちの課題でしたが、解決の糸口となったのは文献や資料だけでなく私たち開発スタッフの日常的実感でした。

  • 手が上がりづらくなったお年寄りが着替えるときには、「前開き」の服が便利だし、逆に「かぶり」のものは着替えづらい。
  • 高齢者には危険がいっぱい。「足元」に関連しては、「コード」に足をひっかけることも多いし、「つまづく」「ころぶ」こと、飲食では「のどにつまる」こともある。

などなど、文献のなかでは拾い切れない日常的な表現が、開発スタッフの思い出話とともにぞろぞろと出てきたのです。

これらの日常的な表現は、漢語でつづられた専門用語と二者択一というものではありません。実際は両方が必要なのだと思います。その習得は容易ではありません。私たちは、介護の専門性の中でも言語能力の重要性が実感としてわかってきました。介護という仕事は、声かけをはじめとして、様々なレベルの様々な日本語を駆使して行う、高度に言語能力を要求する専門職なのです。

介護とコミュニケーション、言語能力については、以下の論文でも指摘され論じられています。

大谷晋也(2004)「外国人介護労働者受け入れの前に-高齢者介護現場におけるコミュニケーション-」『多文化社会と留学生交流』大阪大学留学生センター、(8)p85-95

介護は日常的な生活を支援すること、健康と病気という二元論の間に存在する老いを生きる高齢者の、あたりまえの日常生活を支援する仕事、それが介護だという視点を与えてくれた一連の文献について、次稿でお話したいと思います。

2008.02.25 14:38 - うえだ

次は「介護と日本語(3)」

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