介護職は専門的な分野の知識と技能に基づく専門職で、その仕事をする介護士さんも専門家であることに違いはありません。しかし、その専門性が軽視されることもあるとのこと、ときどき耳にします。
データベースを作るためのことばの収集という点では直接関係はありませんが、看護師さん、介護士さんの仕事を理解するうえでとても印象に残った書物が
パトリシア・ベナー、井部俊子(訳)、『ベナー看護論 初心者から達人へ』 (2005) 医学書院
パトリシア・ベナー、難波卓志(訳)、『現象学的人間論と看護』(1999)医学書院
の2冊です。どちらも、看護師教育分野の文献ですので、もし私がこのプロジェクトに関わることがなかったなら、決して手にすることのなかったものだと思います。
『ベナー看護論 初心者から達人へ』は、1200名以上に上る現役看護師へのインタビューをもとに、看護師の仕事とはどのようなものかを事例を紹介しながら描いたものです。ベテラン看護師たちは、その現場で何を見ているか、そこで患者やその家族とどう対応しているかについて、描かれています。
専門的な内容は、もちろん私の理解を超えるものですが、とても興味を感じたのは、ナースたちが語る仕事の場面の体験談です。そこには、
「患者の数値(血圧などのバイタルサイン)がこうだったから、こう処方した」というものだけではなく、
「病室に入って患者を診ると、その表情はどうだった。
それで私はこう声をかけた。すると彼は安心したような表情になった。」
というような描写が何度もでてきます。
看護の仕事の重要性はどこにあるのかを描くため、ベナーは膨大なインタビューを行い、普遍性のある事例集を描いたのでしょう。
それらは短い、ちょっとしたエピソード集のようなものなのですが、私はその体験談につい読み入ってしまいました。もちろん、熟読したわけでも専門的な事例を読みこなしたわけでもありません。正直なところ、拾い読みだったかもしれません。しかし、強く印象に残りました。
患者との関わりの中で、看護師はいくつもの「困難な」「辛い場面」を体験します。生老病死、人生の深刻な局面に立ち会うという状況では、単に仕事上の立場からだけではなく、一人の人間として向き合わなければならないこともあります。その中で試行錯誤を繰り返しながらも、看護師は患者への「気遣い(Care)」を実践しています。そして、この実践が看護師という仕事にとっていかに重要なものかということを、ベナーは描き論じています。
『現象学的人間論と看護』では、ベナーは現象学に基づいて周到な理論を展開しながらも、やはり、看護の現場を看護師の語りによって描いています。それによって、看護という仕事にとって重要な要素である「人を気遣い世話をする実践」が、実際には正当な評価を受けていないことに対して、意義を申し立てています。そこから、現実の看護師の業務の実態がいかに見えにくい構造になっているかがうかがわれます。
これらの研究から私が学んだのは、何でしょう。
ここには、病気をした人の体験、死を受け入れなければならない時の心情、家族を思いやる気持ち、それらには言語や国籍を超えた人間誰もがおかれる状況とそこでの心のたゆたいが描かれていました。
そして、不安な状況に置かれた患者や家族に対して、話を聞き、言葉をかけ、思いやり気遣う看護師の仕事がありました。これも、言語や国籍を超えた真摯に仕事に取り組む専門家の姿です。
技術的専門家として看護師という職業の価値が重要であるのは言うまでもありませんが、病を患う人のそばにいて、気遣いを実践することに、看護師の仕事の重要な一面があることがわかります。
私たちが受け入れようとしている外国人の看護師や介護士は、自国ですでに看護師としての経験も実績もつんできている専門職の人々です。ですから看護とは、ということについては述べるまでもないでしょう。
けれども、看護師として介護士としての技術も心得も、持ちあわせているであろう人たちが、それを十分に発揮することができないとしたら、それは悲劇という以外の何者でもありません。
私は「Care」という英語を「気遣い」と訳し、気遣いの実践を行う人が看護師であり、そこにこの仕事の専門職としての価値があるという主張に感動しました。
開発チームの私たち日本語教師がすべきことは、外国人看護師・介護士がそのような気遣いの実践を十分に発揮できるような日本語を提供することだと思いました。それが、「日本語でケアナビ」の「気持ちをつたえる」や「声かけ表現50」などにつながっていきました。
このような「気遣いの実践」を含むデータベースにするには、何が必要かを考えました。そして、私は日本語教育の場面で、文型を順番に学習して積み上げていくという考え方にとらわれていた自分に気づかされたのです。言い換えると、これまで自分の中にあった日本語教育の枠を組み立てなおすことでもありました。
これは例文づくりなどを通じてさらに実感するのですが、また別稿で。
2008.02.23 14:44 - うえだ


