報告書の作成
2005年度の仕事は「看護・介護のための日本語教育支援データベース」を開発することでした。まえちゃん、はたんぼ、しもやんの大車輪の追い込みの甲斐あって、何とか3月の年度末に間に合うようにデータベースはできました。年度末から私が取り掛かった仕事はその「報告書」を書くことです。草稿ができたのは5月の連休明け、それ推敲して印刷ができあがったのが夏のことでした。
『看護・介護のための日本語教育支援データベースー調査開発報告書―』(国際交流基金関西国際センター、2006)。
一年かけて行った作業を報告書にまとめることは、事業の記録だけでなく、評価の意味でも必要なことです。印刷したものを関係者に送付させていただきました。
複雑になる仕事の内容
その傍ら、2006年度に入って、開発チームが取り組んでいたのが、「日本語でケアナビ」の検索用のデータ開発です。検索用データといっても、そもそもどのような検索方法があって、どのようなデザインでということの話し合いをすることからやらなければなりません。
その段階でWEBデザイナーとして、すなみさんが参加してくださることになりました。私たちはすなみさんに、「看護・介護の日本語教育支援データベース」を使って、どんなことをしたいと思っているのか、ということから説明するのですが、同じ日本語を話しているのに、どうも通じていないことがありました。自分の頭の中も整理できていなくて、さらにそこから「こんなことができるといいな」、というきわめてあやふやな話をするのですから、通じなくても当然なのかもしれません。何をするために、どんなしかけを設定するのか、それは使いやすいか、などの話し合いを重ねる中で、タグ検索のことが出てきました。
方針は固まった、あとは実行のみ
タグデータづくりの試行錯誤を繰り返し、やっと方針が固まって(それでもやり直しなど多々あった)、データ作りをしたのが2006年度の下半期。サーバーをどうする、サイトデザインはどう組む、というようなことをRm.19で相変わらず話し合う。打合せで使っていたホワイトボードがそのうちに足りなくなって、センター中から集めてきては、両面ともアイデアやイメージ図、そして予定表などで埋められていきました。
開発チームでは喧々諤々の話し合いになることもあれば、沈黙が続き、「ひとまず保留」となることもありました。
それと平行して、開発チーム外の関係方面とやりとりするのは私(うえだ)の仕事。関西センター内、基金内での相談、そして外部関係者との連絡、交渉も含め、そこにもいろいろな仕事がありました。
データ作りの実働部隊、渉外役、アドバイザー、デザイナーなどそれぞれの持ち場での仕事、その間での協力、力が積み重なって、2006年度末に「日本語でケアナビ」サイトが完成したのです。
一本線では見えないもの
前年度と同じように「報告書」を書くこと、私にはそれが気になりました。しかし、初年度と比べて2年目は、作業内容の質と量がうんと増えて複雑になっています。分担執筆という方法もありますが、それが現実的とも思えませんでした。しかし、サイトを開発していった過程には多くの知識と情報がありました。何も書かないのはあまりにももったいない。かといって、私一人で書ける内容ではなくなっています。一人で書いたとしても、実態を報告しきれるだろうかという不安もありました。
「報告書、どうしようか」
私がそうつぶやいたとき、
「ブログなんかどうです?」
という声が聞こえてきたのです。
「ブログ?」
ブログを書く、という提案に一瞬とまどいがありました。がすぐに
「そうか、一人語りではなく、複数の声で描くということね。」
という思いが浮かびました。
2008.03.03 15:20 - うえだ


